志摩市の小学生が焼けた「薬師堂」を改修 真珠貝の殻でしっくい壁装飾

伊勢志摩経済新聞掲載2015.10.19

志摩市の小学生が焼けた「薬師堂」を改修 真珠貝の殻でしっくい壁装飾

志摩市の小学生が焼けた「薬師堂」を改修 真珠貝の殻でしっくい壁装飾 

5年前に焼失した志摩市阿児町立神の「薬師堂」を再建するために現在、地域の人や地元立神小学校に通う児童らが年内の完成を目指して協働で取り組んでいる。

【その他の画像】「薬師堂」改修に地元小学生らが協力、真珠貝の殻で漆喰の壁を装飾

 薬師堂には「薬師如来坐像」が安置され古くから多くの人の崇拝の対象となっていた。1618(元和4)年に薬師堂を修理した記録が残ることからそれ以前から同地にあったとされるが詳細は定かではない。1976(昭和51)年に大修理を行ったが、2010年8月に出火し取り壊しになっていた。薬師如来坐像は辛うじて難を逃れた。[広告]

 「薬師如来坐像を安置する場所を」と同地区の住民らの思いが募り昨秋、地元有志が保存堂建設委員会を立ち上げ、住民から寄付を集め建設費用を調達し今年3月から跡地の一角で着工した。

 同小学校から目と鼻の先にある立地の建築現場には、何度も児童が足を運び実際の作業に関わった。

5月には土壁の骨組みとなる仕立てかき(竹小舞)づくりや荒壁塗り、9月には拝殿となる場所の三和土(たたき)土間づくり、10月には地元英虞湾の同地区で取れたアコヤ貝の真珠層が美しい貝殻を割ってしっくいの壁に貼る作業などをそれぞれ手伝った。

 薬師堂再建に関わる東原達也さんは「柱にはヒノキやスギ、三和土土間には地元産のカキを焼いて作った消石灰、土壁の土など…。可能な限り地元産の材料を使った。瓦は三河産だが伊勢志摩特有の『安田袖瓦(あんだそでがわら)』を使った」と説明する。

 同校校長の八重嶌敏一さんは「地域の伝統文化を子どもたちに伝えるいい機会を作っていただいた。2018年に学校が統合され今の学校が廃校となる。今のうちに小規模学校ならではの小回りの利く授業を体験させ、少しでも地域への思いを根付かせたい」と話す。

 東原さんは「地元の子どもたちが自分たちで作ったお堂を大人になっても親しみを持って手を合わせてくれるようになれば。昔は『立神大工』という言葉があったほどこの地区には大工が大勢いた。願わくは、将来修繕が必要になった場合にこの子たちの誰かが直してくれるようになれば」と願いを込める。

 薬師堂の大きさは奥行き約2.7メートル、横約2.4メートル、高さ約3メートル。今年中の完成を目指す。

志摩市で泥だらけになりながら土壁を塗る伝統構法 「家づくりはみんなで楽しく」

いかだ丸太の家みんなでつくる

伊勢志摩経済新聞2019.12.25掲載

施主「そこは○○さん担当ね」
  「その壁は『○○さんの壁』ね」
  「壊して塗り替えるまでその壁の名前は『○○さんの壁』に決定よ」

参加者○○さん「記念にサインや手形でも入れておこうか(笑)」

とその場が和む。


 会話は、昔ながらの伝統工法で家を建てよう進めている建築現場の土壁作りでの一こま。すでに家が完成してからの会話を思い描きながら楽しんでいる。

「志摩の小庭 いかだ丸太の家」
国土交通省の「気候風土適応型プロジェクト2018」平成30年度サスティナブル建築物等先導事業(気候風土適応型)に選定

「家づくりはみんなで楽しく」

 2016年にG7伊勢志摩サミットが開催された志摩市阿児町の賢島から賢島橋を渡った約2800 坪の小高い丘の上に、竹内和彦さんと妻の千鶴さんが、昔ながらの「石場建て」の建築構法で「志摩の小庭 いかだ丸太の家」(平屋建て、延べ床面積=約60平方メートル)という名の住宅を建築している。建築・施工は東原建築工房(志摩市阿児町立神)の代表・東原達也さん、設計はM5(エムサンク)アーキテクト一級建築士事務所(愛知県北名古屋市)の代表・六浦基晴さんが担当する。


 家は、三重県北部の朝明(あさけ)川で取れた「菰野(こもの)石」の玉石に柱を立てた「石場建て」、壁は周りの里山に自生する竹を割り、組み上げ、地元の農家から譲り受けた稲わらと地元の赤土を混ぜてこねた土壁。屋根にはこの地域の地場産業でもある真珠やカキの養殖でアコヤ貝やカキを吊るしておくいかだに使用されるヒノキの丸太を使い、断熱材としてもみ殻を入れる。床断熱にはもみ殻で作った燻炭を敷き、土間は地元の焼いたカキ殻や海水を混ぜて三和土(たたき)土間にする。

 地元の生産者や職人が、地域に伝わる伝統工法で、地域で生産・供給される建築材料をできるだけ使い、その地域の気候(外気温、日射、外部風など)を活用・制御する工夫などを取り入れ作りあげる。 景観にも意識し、完成してからも地域に根ざした住まい方をしていこうとする国のガイドライン「気候風土適応住宅」にも沿っている。

 「志摩の小庭 いかだ丸太の家」は、国土交通省の「気候風土適応型プロジェクト2018」平成30年度サスティナブル建築物等先導事業(気候風土適応型)に選定された。

「志摩の小庭 いかだ丸太の家」は、国土交通省の「気候風土適応型プロジェクト2018」平成30年度サスティナブル建築物等先導事業(気候風土適応型)に選定

みんなで作る。

 建築にあたって、1月24日に土壁用に使用する竹割り、3月12日、15日に地固め(ヨイトマケ)、11月17日、18日に土壁用の仕立て(竹小舞)と土壁塗り(外側)、12月3日、4日土壁塗り(内側)をそれぞれワークションプ形式で一般の参加者も募り、みんなで作業を行った。

「志摩の小庭 いかだ丸太の家」みんなで土壁塗り作業
「志摩の小庭 いかだ丸太の家」みんなで土壁塗り作業

伝統的な家づくりの楽しさ

 東原さんは「昭和の中頃までは、家を建てるときは親戚、隣組のみんなが集まって手伝い、作業していた。そこから家と家の付き合いがより親密になり、何かあったら助け合う当たり前の関係が構築されていったのだと思う。『出合い』や『結』などといわれるコミュニティーが自然と出来上がっていた。難しく説明するとそういうことだと思うがそんなことよりも、みんなで作業をすることがこんなに楽しいんだということを知ってほしい。今の建築現場でそういった時間を共有できなくなってしまっているのは少し寂しい気がする」と話す。

「志摩の小庭 いかだ丸太の家」みんなで「ヨイトマケ」地固め作業
「志摩の小庭 いかだ丸太の家」みんなで「ヨイトマケ」地固め作業

 「ヨイトマケ」とは、「地固め・土突き」の意味で使われるようになったが、元々は重機がない時代に、重い木の柱や石を滑車に吊るした槌(つち)にしてロープでくくり、数人で引張り上げて落とす時の掛け声が「ヨイっと巻け」から「ヨイトマケ」となったと言われる。歌手の美輪明宏さん作詞作曲の「ヨイトマケの唄」は、1966(昭和41)年のヒット曲でも知られている。

「志摩の小庭 いかだ丸太の家」みんなで竹小舞(竹組み)

 東原さんは「家の真ん中にある土間はみんなで食事を作ったり、会話したりできるように団らんの場として設計しているので、より多くの人が集うことを想定している。年明けにはその土間をみんなで作るワークショップを開催したいと思う。大工や建築、伝統構法に興味のある人も自由に参加していただければ」と呼びかける。

「家づくりはみんなで楽しく」もみ殻を燻炭に
「家づくりはみんなで楽しく」もみ殻を燻炭に

 次回のワークショップの日程は、東原さんのフェイスブックなどで告知・案内する。問い合わせは東原さん(TEL 090-4466-2905)まで。